▶A君の日記「電卓戦争再び」(2013/10/3)



今回もたわいもない戯言である。古い番組で「電子立国日本の自叙伝」を再放送していた。内容は「電卓戦争」の回であった。久しぶりに見ると考えさせられる部分が多い。

当時この番組を見た印象と今の印象ががあまり変わらないことに驚いている。日本は緻密な製品を作ることができる。しかし諸外国の中には緻密な製品を作るのが苦手な国があり、市場を奪うためになんとか自分の土俵に引き込もうと企んでいる。日本でカスタムLSIやHW-Logicで作っていた回路を、汎用ワンチップLSIを作って売り出して一儲けしようとする外国メーカー。それに乗ってしまった日本の中小メーカー。違いといえば、放送当時はバブル期なので「Japan AS No1」のCMのようであったが、今の印象は日本が何か巨大な渦に巻き込まれつつあるという感想である。1990年代にこの番組に対して苦言を呈している人がいた。緒方貞子?記憶があいまいである。

いままで白物家電を作ってきた電気メーカーがラジオを作成していたが先が見えない。若い人が夢を持ってコンピュータを作ろうと考えた。しかし、コンピュータ(汎用機)はあまりに敷居が高い。市場にはリレー式の計算機もあったが遅く大きい機械であった。そこで当時の半導体であるゲルマニウムトランジスタで電卓を作った。電子式卓上計算機というカテゴリの製品が始めて登場した時期の物語。当時は大きく重く高価であったが、技術革新で小型化に成功。オフィスからパーソナルへのニーズの転換で大量に売れた。小型化、安価にするためにIC化や液晶などの新技術を開拓して日本の電子技術の発展に貢献した。しばらくすると、1チップICがTIから発売されて「にわか電卓メーカー」が乱立して価格競争になり共倒れになったというお話。元になるICが同じなので差別化ができないので価格競争になる。儲かったのはICを作ったTIと商社だけ。コモデティ化で苦しんだ最初の例である。最終的には老舗の数社しか残っていない。

最後にインタビューに答えていた人の言葉が印象に残っている。
「電卓戦争の敗者は悲惨であった」「勝者はいない」
「周りに負けないよう必死に走ってきた、気がつくとこうなっていた」

そのままProjectXに使えそうな内容である。よく考えると今でも同じことが起こっている。パーソナルコンピュータやワークステーション(死語?)の世界でも、かつては多様な機種CPU、OS、周辺機器、ソフトウェアメーカーなどが存在してにぎやかであった。ある時期からCPU、OSが独占の状態になってコモデティ化して特色が出せなくなり価格競争になってきている。儲かったのは某CPU、OSメーカのみ。日本のメーカは??苦しいままである。

ソフトウェアに関しても同様である。苦労して仮想マシンを作るソフトと向かい合って仮想サーバ貸しの事業を立ち上げる業者が出てくる。使うには高いスキルが必要で敷居が高かった。仮想マシンを簡単に作れる製品が発売されると、にわか仮想マシン貸し業者が増えてくる。儲かるのは仮想マシン作成ソフトを売っている会社だけ?

電卓により日本の電子技術が向上したことは間違いないが、黒船来航を何度も繰り返しているような気がしてならない。(つづく)

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この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ありません。
「A君の日記」の原型は、昔、UNIXのNetNewsでJIP社内に流れていました。
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【出典】
http://wwwd.pikara.ne.jp/c-momo/nikki.html
http://wwwd.pikara.ne.jp/c-momo/nikki3.html

コメント

  1. 確かにコモディティ化すると儲からなくなるのは確かなことだと思いますが、それでも、中国や台湾、韓国は大きなビジネスをやっています。日本は中途半端な立場です。バブルの頃、台湾のパソコンのトレードショーに行っていましたが、シリコンバレーとべったりでした。国としてパソコン生産の製造工場になるんだという明確な目的を持っていたような気がします。日本はアイデンティティをもう一度、見つめ直す必要がありますね。

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